実は私は学生の頃、本書も含めてシリーズ全三冊を勉強した。
何十回となく精読し、ほぼ前頁に書き込みをし、さらに自分で脚注まで補足した。
そして、一時は多くの例題を暗譜していたほどである。
しかし、その後ヨーロッパで十年ほど研鑽を積み、
帰国して作曲の仕事をするようになった今、はっきり断言できることだが、
この本は役に立たない。貴重な時間をこの本に費やしたことが残念に思われて仕方がないというのが実感である。
私の生徒にはこんな本は使わせたくないとつくづく思う。
まず、第一巻の冒頭に「本書の趣旨」と題して「われわれは、
J.S.Bach Mozart Beethoven 等によって代表される古典的な西洋音楽の和声を選び...」
とあるが、本シリーズにはこういった作曲家の作品の実例がひとつも示されていない。
本書に示された例題のどれひとつとして、
上記の三人の巨匠の作品に匹敵するものはない。
それどころか似てもいない。全然似ていないのなら、
彼らの名前を出してほしくない。巨匠たちに対して失礼だと思う。
バッハもモーツァルトもベートーベンも本書のようなコチコチの理論書で作曲を勉強したわけではない。
彼らは他人の作品から直接多くを学んだのである。現在でも、
和声や対位法などおよそ作曲に関する技法は優れた芸術作品から直接学び取るのが最良であると私は思う。
理論というのは、要するに言語における文法のようなもので、
確かに過去形や疑問文が作れなければまともな文章は書けないという点で意味はある。
しかし、文法がわかれば優れた小説が書けるようになるかと言えばそうではない。
母国語の場合はすでに文法に問題はないはずだが、それでも優れた作品を書くのは至難の業である。
バッハやモーツァルトやベートーベンは他人の作品から直接技法を学び、
あたかも母国語のように和声を使いこなしたのだと私は思う。
その上で創意工夫を重ね、不朽の名作を生み出したのである。