同じに聞こえるってのは、バロックや古典の作曲家、
あるいは前衛的な現代音楽の作曲家も全て同じでは。

バッハやヘンデルなどどの曲をとっても金太郎飴的で変わり映えしない曲想。
ハイドンやモーツァルト、ベートーベンなどもそれぞれの曲群で大体同じに聞こえる上、
彼らの作品が納められたソナタ集を片端から音楽をよく知らぬ人に聴かせ、
どれが誰の曲か当てさせたところで、答えられないほど相互に似通っている。
少なくともこれらの作曲家はカプースチン以上に非難される資格がある。
彼らの音楽は、一見単純かつ清廉過ぎる譜面で叙情表現の余地はほとんどないように思われるが、
それでも多様なピアニストに取り上げられ、無限とも言うべき叙情性を醸し出している。

カプースチンの未来の演奏史についても恐らく同様だろう。
多くのピアニストに弾かれることで、まだ見ぬ叙情性を獲得していくことだろう。
例えば既にオズボーンによりソナタに対し新しい解釈が与えられることで、
新しい叙情性を与えることが十分可能であることか示されている。
その意味で、今後のピアニストに求められるのは、
カプースチン自身を含めた過去の歴史的演奏をよく咀嚼し消化した上で、
演奏に新しい光を当て、曲を更に深く掘り下げて行くことだろう。