第1幕への前奏曲。ただ、音があるだけ。それからちょこっとトリスタン和音。
あそこにもちょことトリスタン和音。ピシャン、パシャン。でも、憧れもなければ、
ため息もなく、罪の贖いもない。震えながら溶け合う、解決を求めて止まない
半音階もなく、あるのは何の解釈もない指揮だけだ。それは、楽譜から音を、
ばらばらの列の形で作り出す、インスピレーションを欠いた作業にすぎない。
日本人オオウエエイジが『トリスタンとイゾルデ』を引っさげてバイロイトで
行ったデビューは、まったくの失望に終わった。彼が何か仕事をしていると
感じられたのは、彼がドタバタとうるさくするときだけだ。
しかも、そんなことがまれでなく起こる。かつて同じ場所で、
ダニエル・バレンボイムが彼の『トリスタン』において忘れられないような仕方で
引き起こした魔術は、あの神話的な深いオーケストラ・ピットからただの一瞬も
生じることがなかった。舞台の面でも、観客は第3幕まで延々と待たねばならない。
そこでようやく、緊張画成立し、演出家が本領を発揮するまで。