「第四楽章を勝手に完成させるなあ!!! 」じゃね?
気持ちはわかるけど。
自分の場合、第3楽章までで十分に素晴らしい未完成交響曲だと思うよ。
第3楽章の響きが静かに閉じられたとき、その先がないために不足を感じる人は贅沢じゃないかな。

同時に、第4楽章の研究についても興味深く見聞きさせてもらっている。
残された素材には確かに魅力があると思うし、この曲に対する際の視野が広がったと思う。
研究者諸氏には頑張っていただくとして、
我々は提供される成果を自由に受け止め、考え、楽しめば良いじゃないかな。

ところで、例のキャラガン氏、
シューベルトの未完成も補筆完成させてるのな。聴いたことないけど。