>>551
若干語弊てな生易しいものではない。
だいたい完成品でも手を加えるのはあたりまえなのに、てんでばらばらで、完成度もまちまちのスケッチを使うのに
手を加えることなしに演奏することなんて有り得ない。
「一音符も加えていない」というのはウイスキーのコマーシャルと同様のキャッチコピーに過ぎない。
ただ、完成版とはスタンスが違うということを言いたいわけで、本当はもっと実情にマッチした、ファンを惹き付けるコピーが望ましいのだが・・・・

一方、完成版は完成版として面白いよ。でも『ブルックナーの意図通り』とかいうようなキャッチコピーにはむかつく。
だいたい、誰様がブルックナーに近づけるっていうんだ。まあ、宣伝の仕方としてやむを得ない面はあるとしても、厚顔羞恥なものはやめて欲しい。

(1)『私が出来るだけブルックナーに近づけるよう努力した。その結果を聴いてみてください。』的なものが関の山でっせ。
あるいは、あっさり
(2)『OO作曲、ブルックナーのフィナーレの素材による幻想曲』とでも題せば好きなように作れるだろうけど。
こう言ってしまえば、>>548の言うようにゲソヲタの領域に踏み込むことになるだろう・・・・

さて、たとえば、SMPC版のできばえはそのどちらに近いかと捉えるのは聴く人の自由だが、素材自体は、現在全集の写真版で入手可能なので、衆人監視のものであることには違いない。