“70年代の後半は評価が高まりきっていなかった”という私の発言を誤解されてます。
評価されるには段階があり、例えば、ある曲を一部の研究家や批評家が注目し、
一部のピアニストが弾き始める。そして徐々に多くのピアニストが取り上げるようになり
多くの聴衆がその作品に触れることができる。という段階があります。
70年代に現在のように多くのピアニストが演奏、録音し、
多くの聴衆がその作品に触れることができたでしょうか。
ブレンデルやケントナーは昔から注目していたようですが。

474の方と488の方は同一の方でしょうか?
もしそうだとするなら、あなたは議論をすり替えようとしています。
私が“編曲よりも原曲の方が素晴らしい”と主張しているのに対し、あなたは
>ベートーヴェン程度のオーケストレーションなら、
>リストのピアノ編曲術によるもののほうがすぐれた表現が可能。
と474で原曲よりも編曲の方が素晴らしいと主張されているのに、
なぜ凡庸な演奏と非凡な演奏家を比べるのですか?
曲の内容を素晴らしいと感じられているなら、
ボレットと“そこら辺のオーケストラ”を比べるのではなく
ボレットという一流の演奏家と一流のオーケストラを比べられるはずです。
それよりなによりもあなたは実演でベートーヴェンの交響曲を聴いたことがありますか?
そして他のみなさんも“原曲より編曲の方が素晴らしい”という意見に同意されてますか?

ただしボレットのカーネギーライヴのタンホイザーは確かに素晴らしい。

アラウ、ボレット、ブレンデルは独自の確固とした音楽観を持っているので、
「オリジナルの再評価」という理由が「編曲がレパートリーから消えていった」
理由にはならないと思います。彼らが編曲を素晴らしい作品だと思っていたなら
風潮に流されず多くをレパートリーに残したでしょう。