【どうして?】日本人金管奏者【へたなの?】その3
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0084名無しの笛の踊り
2005/08/14(日) 17:41:38ID:3JhjyY+eラッパセクションが、全体を象徴しているだけであり、ホルンやローブラスも、
心ある聴衆にとっては、(ラッパと同様に)十分に吐ける水準にまでヒドいと思う。
「音が並んでいれば音楽でござい」といった勘違いが積もった末に、こういった
掃き溜めを形成しているのであろう。
私たち聴衆は、誰一人「音が並んでいるかどうか」などに興味はない。
ましてや、「楽譜どおりかどうか」など、聴衆とは何の関係もない。
その響きに「共感できるかどうか」だけが重要であり、聞き手の心を動かす要因となりえる。
「共感」が「感動」に達し、その最深部を人類全体のスケールにまで拡大した
ものが、「芸術」と呼ばれる境地である。
音楽や その演奏が、芸術であるかどうかは、聴衆からどれだけの共感を得られ
るか、その大きさと深さ、それに自身が持つ魅力で決まる。
こういった、音楽の最も基礎的な要素を忘れ、単に音を並べることに狂騒して
いることのアダ花が、あちこちで発生する「ウルトライモ」だろう。
日本の管楽器教育も、「音を楽譜どおりに並べる」という、音楽とは何ら関係ない
ものへの盲進から脱し、基礎訓練の効率化ととともに、「並んだ音を基に、音楽を
成立させる」という、本来あるべき方向へとシフトすべきだろう。
前スレにあった記述だが、単に音が並んでいることが必要なら、管楽器など
必要ではない。ミュージック・ワークステーション(死語か!?)を使用すれば、
打ち込んだとおりの音がスピーカーから出力でき、楽譜や Midi も、1本の
ソースから生成できる。まさに楽譜どおり、正確に音が並ぶ。
昨今の管楽器の世界では、志の高い若手を世界の水準に導くどころか、芸術音楽の
価値も理解できず、単に音が並んでいるかどうかしか判断できないような人類の
失格者が、プロ面を下げ、不当に金品を得ているのであろうか??
そんなことでは、才能ある若手は、すべて別な分野に流れる。
現実は、どうなのだろう??
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