>>40-43
幾つか疑問を感じたので質問させてください。

まず、The Pianist of Pianistsという通り名ですが
これは作曲家ではなく「ピアニストとしてのゴドフスキー」を指した言葉でしょう。
またそれが学術的に用いられているかどうかに執着されているようですが、
そんなに重要なことでしょうか?通り名なんてのは所詮俗っぽいものですよ。
音楽評論家によるレビューなどが切欠で世間に広まっていくものだと思います。
リストが「ピアノの魔術師」と呼ばれたり、シフラが「リストの再来」などとして
呼ばれることと何処か違うのでしょうか?

次に、ブゾーニのバッハ編曲を例に挙げておられますが、
ブゾーニとゴドフスキーの編曲観念は全く相違する物です。

ブゾーニは音楽作品は全てが「編曲」だと言い切っています。
作曲者が譜面に想念を書き落とす時点で、既に原形を失っている。
作曲過程は所詮「表現手段」であり、原形を凌駕することは出来ない。
つまり、如何に編曲しようと、作品の価値は編曲者ではなく、
原曲の(つまり原形を創造した)作曲者に帰結すると言っています。
ブゾーニの編曲もまた(楽器が違うので当然書法は彼のものではありますが)、
バッハの原曲の精神に忠実なものであると思うのですが、如何でしょうか?
従って彼は、他人の主題を借用した「変奏曲」が評価されることに疑問を抱いています。

だんだんスレ違いの方向に話が逸れてしまったので、
詳しくは25さんの言う通り、「新音楽美論」を読まれることをお勧めします。
(いかんせん難解なエッセイなので私の解釈が間違ってるかも知れないので。)