232です
>演奏法はそのまま演奏の良し悪しについての論拠になる
そうかなぁ。アシュケなんかよりリズム感も縦も横も
なってない演奏に感銘をうけることなんていくらでもあるし
逆にリズムセンス抜群で淀みのない流れの演奏に
なんの面白みを感じないことも数えきれない。
漏れはあえて良質な演奏とリズム縦横にはほとんど相関
はないといいたいね。
確かに誰にでも比較的わかり易いリズム等を演奏の優劣の
条件にするのは形から入る日本の文化でにもなじんで
よさげだけど、アートに関してはそれはものの価値を見誤ること大だ
とおもうよ。

どうもあなたの書いたもの読んでるとクラの好事家が
嵌る独善という王道を突き進んでるようにみえるんだ。
前にも書いたけどいくら他人が演奏したものを聞き比べて
相対化してもそれでは音楽の核心に触れたことにはならないんだよ。
例えば富士山の絵葉書をたくさん集めてつき合わせ
これはだめあれはいいと言ってるようなもの。
自分で行って自分の目で見なければ本当の富士山は理解できないし
そうすることで初めてどの絵葉書が偽物かわかるんでね。
譜面を前にして実際に音に音を出した時感じたもの
こそ絶対の座標軸になるんで借り物でみてちゃだめだ。

あと細かいことだけど
>楽譜をそのとおり弾くのはプロとして最低限。
漏れはそう思わない。何をやってもいいんじゃないの?