フジ子の商業的価値が高くなってるのは、仕方ないでしょう。
価値観がこれだけ多様化している時代。

市場価値と、自分が音楽としてどれだけの価値があるかという
判断とは、いい加減切り離して考えられるだけの頭の柔らかさを
持ってもらいたいもんです。

本当に素晴らしい演奏なら、細々でも必ず残っていくもんですよ。
いくら一時的に流行しても、後世に残るかどうかは分かりません。

それと、ヨーロッパの評価をやたら気にしてる人がいますが、
どうしてなんでしょうかねえ。しかも、現場を見たわけでもなく、
海外によい評価をしてる音楽家もいるらしいのに、なぜ信用せずに
馬鹿にされてるなんて決め付けてるんでしょう。

自分が嫌いなものを他人が好きだということが許せないなんて、
そういう了見の狭い価値観は持ちたくないもんだと、このスレを
読んで学びましたよ。どうもありがとう。