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【 ルドルフ・フィルクスニー 】 

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0001名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:44:08ID:QLsOXF/w
のんびりいきましょう
0002名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:45:00ID:QLsOXF/w
ルドルフ・フィルクスニー(Rudolf Firku?ny, 1912年2月11日 ? 1994年7月19日)は
チェコのピアニスト、作曲家。日本ではフィルクスニーとして知られているが、
チェコ語ではフィルクシュニーに近い音で発音する。ドヴォルザークやヤナーチェク
といったチェコ音楽を得意とするピアニストとして国際的名声を得ている。
0003名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:45:53ID:QLsOXF/w
1912年2月11日、ブルノから東に60kmほど離れたモラヴァ河畔のナパイェドラという町で
生まれた。幼い頃からピアノ演奏で天賦の才能を発揮し、5歳の時知人の紹介でヤナー
チェクと会った。この時、フィルクスニーがドヴォルザークのスラヴ舞曲を弾いたところ、
ヤナーチェクはテンポが違うと叫んで弾いて見せたという。さらにヤナーチェクはベートー
ヴェンの月光ソナタの終楽章を弾いて聴かせた。その演奏に魅了されたフィルクスニー
は、ヤナーチェクの下で音楽を学ぶことができるようにしてくれと母親に懇願した。それ以
来、フィルクスニーはヤナーチェクの下でピアノと作曲を学ぶこととなった。フィルクスニー
は3歳の時に父親を亡くしており、またヤナーチェクは息子を2歳半でなくしている。互いに
擬似親子的な愛情の交流があったといわれている。8歳でブルノ音楽院に入学。
0004名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:46:25ID:QLsOXF/w
1922年10歳にしてプラハでピアニストとしてデビューしている。
その後、プラハ音楽院に移り作曲をルドルフ・カレルに、ピアノをヴィレーム・クルツに
師事している。
0005名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:46:58ID:QLsOXF/w
1933年ロンドン・デビューし、以来国際的な活躍を続けたが、
1938年にナチス・ドイツ占領下に置かれた政府から親善使節に
との要請があったのを拒否し、国外追放処分となった。
彼はまずパリへ逃れ、次いでロンドンにあった亡命チェコ政府の
使節としてアメリカ合衆国に渡り帰化した。アメリカではジュリア
ード音楽院で教師をするかたわら、幅広い演奏活動を行った。
0006名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 05:47:39ID:QLsOXF/w
1959年オーストラリアへ招待された後は国際的な舞台で活躍し、
日本にも1978年の初来日以来たびたび訪れて演奏会を行っている。
しかし、祖国チェコではソ連型社会主義政府が倒れ民主化が達成さ
れるまで演奏を行わなかった。とはいえ、チェコを訪問しなかったわけ
ではなくたびたび訪れており、50代になってから結婚した妻はそうした
折りに故郷の村で出会った民俗舞踏団の団員だった。
0007名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 08:55:49ID:vWbsMglZ
弥七。
0008名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 09:30:14ID:4T+64Ed2
草陰の小径にて8
0009名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 14:54:40ID:3C8ZewqU
レオシュ・ヤナーチェ九
0010名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 14:58:34ID:0PU4EFBf
この人のドビュッシー最高だよな
0011名無しの笛の踊り2005/06/09(木) 23:18:27ID:QLsOXF/w
彼の演奏はその人柄を反映してか、けれん味がなく穏やかで自然な演奏であった。
録音は比較的多く残されており、その滋味あふれる演奏を耳にすることができる。
また、室内楽の名手としても知られ、多くの優れた録音を残している。レパートリーは、
直接教えを受けたヤナーチェク、チェコからの亡命者で苦労を共にしたマルティヌー
の演奏は他の追随を許さないゴールデン・スタンダードであり、マルティヌーから難曲
として知られる「幻想曲とトッカータ」を献呈され世界中でこの作品の普及に務めた。
祖国チェコの作曲家のドヴォルザークやスメタナの演奏が高く評価されるのはもちろ
んのこと、疎かにされやすいベンダ、ドゥシェックなどのチェコ古典派の作品も、フレー
ズ全体にわたるテンポ・ルバートを多用する個性的な演奏で来日時に深い感銘を与えた。

作曲家としては、ピアノ協奏曲や弦楽四重奏曲、ピアノ曲、歌曲を作曲しているが、
ピアニストとしての輝かしい業績に比べ、あまり知られていない。

1994年7月19日 癌のためニューヨーク州スターツバーグの自宅で逝去した。
0012名無しの笛の踊り2005/06/11(土) 01:36:55ID:Zsi63ss3
もりあがらんね
0013名無しの笛の踊り2005/06/11(土) 02:07:13ID:nUXHgFF5
>>10
生で聴くことができてよかった。一生忘れられない思い出のドビュッシーでした。
0014名無しの笛の踊り2005/06/11(土) 09:04:12ID:bW/jmijj
フィルクスニーのオーディオ・ラボのLPセット、CDにならないかね?

それにしても、今のオーディオ・ラボはアホというほかない。

フィルクスニーのような大物の録音を持ちながら復刻しないんだから。

オーディオ・ラボが変なのは、例えば、今じゃ誰も買わないと思われるハンス・カンのベートーヴェンなんかはしっかり復刻したりしていること。

どうしてここまで、ファンのニーズと会社の意向がずれるんだろうか?

オーディオ・ラボに関しては、音楽ファンに支持されない復刻ばかりをしているとしか思えない。
0015名無しの笛の踊り2005/06/16(木) 16:07:16ID:T5BVGPFk
クーベリックとやったプラハでのライブ(モツ協奏曲)はよかった。
こんないいピアニストがいたんだとDVD見てびっくりした。
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