>前スレの980さんちょっと亀ですが
よかったらレスください。

演奏家は多くのものをあまりに素朴に信じてきたと思うんだ。
作曲家の意図、様式美、客観性、楽理的妥当性...etc
子供のころから叩き込まれたこれらを疑うなんて思いもつかない。
でも何かの価値を盲信して産み出されるアートなんて碌なもんじゃないんだよ。
そしてアートは自己責任でなにやってもかまわない、
逆に責任を負うだけの自信がないから当り障りのない演奏しちまうのかなあ。

だから漏れにとっての理想の演奏家は自分の頭で考えた(感じた)演奏する人。
それを「内省的」というとしたらフルとホロはそうだよね。
両者とも語るべきものを持ちそれを厳しく見つめ本当に感じてるものを
表現しようとした(ホロは薄っぺらだけどとても誠実な音楽)。
「非内省的」は語るべきものを持たず疑うことを知らない、これはハーンとムター
だとおもうんだ。言っては悪いけど子供だましレベルだよ。
とても美しいし輝かしいけどね。

宗教的恍惚は演歌の側面のグロさを例えた以上の意味はないですよ。
リヒター指揮のマタイのコラールなど聴くと宗教的な体験とさえ漏れにも思えるし。