グールドは演奏者として他の作曲家の意図に拘泥せず作品を自由に解釈していた。つまり作品を作曲家のコントロールの範囲外に置いたわけだ。
グールドは自分の作品についても、他人の演奏解釈によっては自分の作品がコントロールの範囲外に置かれる可能性があることに気づいていたはずである。
グールドが自分にかかわるものをコントロールできなくなる状況に耐えられるとは思えない。
こうしたことが、So You Want to Write a Fuge? のようなお遊びの作品は別として、グールドが「真面目な」作品を書かなくなった一要因とも考えられるのではないか?