作曲家が当時正統派だったかということと、彼らの曲の演奏は正統派に限るべきかどうかというのは、ほとんど関係ないよね。
で、グールドの場合、その演奏の多くが、「自分の解釈に忠実に弾いた結果が異端だった」というよりも
「正統とされる解釈に反発して弾いた結果として自分の解釈が出来上がった」というふうに思われる。
伝統的な解釈に対するアンチテーゼとして生まれたグールドの解釈から紛い物の香りがするのは当然のことだ。