演奏家に話しかけ、演奏家と顔を合わせ、演奏家に触れるのを待つ人々がいる。
 この人たちはファンと呼ばれる。ファンは演奏家に多くを与えはするが、また自分の愛に見合う返答を要求する。
 私はファンたちをホールの客席に見分ける。出来るときは話しかける。私の目にとってはひとりひとりが唯一無二の存在だ。
 けれどもファンはもっと多くを要求する。個人的な絆、友情を結びたがる。ところが、それは考えられないことだ。
 何万人もの人々と関係を結ぶのは不可能だ。最大のこと、私はそれを舞台上のコンサートの間に与えているということを、
 どうしたら理解してもらえるのだろう。舞台の上で、私は本当に客席のひとりひとりのために演奏している。
 人が聴衆と呼ぶ集団のために弾くことは決してしない。

(エレーヌ・グリモー『野生のしらべ』 北世美和子・訳 講談社・刊 より)