【1905年】ショスタコーヴィチ【永遠の追憶】
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0879名無しの笛の踊り
2005/08/14(日) 15:07:20ID:6YybtJn9日曜版じゃないです。
一部抜粋すると、
>すでに戦前から若き天才として世界的名声を得ていた作曲家も、
>三六年、四八年に当局による大きな批判を経験していました。
>創作活動に慎重となった作曲家は、作品を書き上げるとマソトフ
>氏に試演奏と録音を依頼し、作品に磨きをかけるとともに、公式
>の作品発表が禁止されたとしても作品自体は残るような仕組みを
>作ったといいます。
>六八年、マソトフ氏にモスクワのオペラ歌劇場から指揮者として
>の誘いがあった時、ショスタコービッチは、「君がエストニアか
>らいなくなると、自由の地が消える」と、引っ越しに反対したと
>いいます。
二人のメモ入りの楽譜がたくさん残されているとのこと。
マソトフ氏の息子さんとのインタヴュ−記事で、彼自身資料の
全貌はつかめてないって。量が多くて。
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