ジェズアルドは1564年ころナポリの近郊に生まれる。1585年美貌のいとこのマリアと結婚したが
程なく彼女はアンドリア公ファブリツィオ・カラーファと不倫に落ちた。
それをやはりマリアに思いを寄せていたがふられたおじのジュリオがジェズアルドに密告。
それを知ったジェズアルドは今夜は帰らないといって外出し、突然帰宅して裸の二人を発見。
自分でやったかやらせたのかは定かではないが殺され方はかなり酷いものであった。
刃物でさされ、銃で撃たれ、特にマリアの秘所はかなりのダメージとうけていたという。
さらに自身の正当性を信じていた彼は遺体を公衆にさらした。
しかしその後彼はナポリを離れ貴族の身であるため罰は免れたものの罪と後悔の念に
とらわれながら作曲に後半生を費やすことになる。彼は1613年に死んだ、。

もしマドリガルをブルジョアを楽しませるための古ぼけた音楽だと考えているなら考え直すべきだ。
当時としては極めて前衛的な音楽だった。ジェズアルドは特に教会で作曲を学んだ経験もなく
その前衛度が際立っている。

http://www.btinternet.com/~rubberneck/gesualdo.html

前半の意訳。