クラシックが親しみにくいと言われる原因として、
曲に副題(俗にいうタイトル)が付いていないというのもあるような気がする。
例えば、ベートーヴェンの「月光」やショパンの「雨だれ」などは、
クラシックを普段聴かない人でも「ああ、なるほど」と思える。

でも、曲のタイトルは何なのかと訊かれて
「今のはモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の第2楽章だよ」
と答えても、「???」となってしまう。

別に「協奏曲」や「楽章」という専門用語が難しいとか馴染みが無いとか
そういう意味ではない。ただ、その音楽が表出している内容をイメージ
出来ないと気持ちが悪い。だからクラシックは理解出来ない、
というのが一般聴衆の気持ちでなないかな。

陳腐なJ-POPでもタイトルは付いているし、曲が何が言いたかったのかは
大抵聴けば分かるよね。(例外もある。歌詞が英語と日本語の語呂合わせ
なだけで歌詞に意味を含んでいないものなど。)

余談になるが、「冬のソナタ」のソナタを「恋歌」と訳している記事を見た。
確かに「奏鳴曲」では意味が通じないんだろうけど、間違った訳を堂々と載せるのは
なんだかなあ、と。それによってソナタ=恋歌と思い込んでしまう人が居なければよいが。