『舞楽』『涅槃〜』『曼荼羅〜』、手持ちの含めて
黛聴いていたが、>>20と全く同じ感想を持った(スレは後で見た)。
解りやすいのは長所だと思うが、
「日本民族サイコー(最高・再興)」を標榜するなら、
メシアン的に「作曲家の英雄主義」を打ち立てられなんだか。

伝統音曲としての「舞楽」「雅楽(この呼称は明治期の発明)」の構成って、
かなり・・・2チャンネル風に言うなら・・・”逝っちゃてる”のに。

季節によって、同じ楽曲(『越天楽』なら『越天楽』)でも調性を変える、
なんて、トンでもない発想だと思うが
(盛り上がりに水差して、スマソ)