>>1
PMFは単なるタナボタにあらず。
谷口雅春氏著『奇跡の音楽祭 札幌・PMFの夏』によると、中国での開催を見限って代替地を探し始めた
のは、天安門事件勃発の前。その頃既に中国内の政情はかなり不安定になっており、開催は無理と判断。
だから天安門の影響が直接の原因ではない。
参加アーティストのスケジュールもスポンサーも決まっていたため、音楽祭そりものの中止は出来なくなって
いことから、最も条件に合った札幌が選ばれた、というわけ。
>>1は、札幌は「クラシックとは全く無縁な」場所であるとぬかしているが、そんな街がオーケストラ(札響や
各市民オーケストラ)を持っていたり、PMF以前にも音楽の様々な国際大会を開いたりするはずがないのである。
音楽専用ホールの建設も、元々は町興しみたいな発想ではなく、市民からの要望であった。
それに、そのまま北京でやっていたとしたら、中国人学生中心のオケトレーニング・キャンプになっており、
世界に門戸は開かなかった。今のPMFとは違うものになっていたのである。

「横取り」ではなく、危機を「回避」したのだ。

また、札幌市は、今後何かの理由でPMFがまた別の土地へ移ってしまうことの
ないように努力を怠ってはいけないのである。