叙情的な旋律で音楽の全てを語ろうとするのは間違い。
理性的な極地に至った旋律美というのもある。

バッハも初期はある種ショパンのような甘美な旋律を
書いていた。しかし年を重ねることにつれ、単なる旋律
美を吐露するような曲は稚拙であると考えるようになっ
ていった。それは恐らく理性主義や数理主義に傾倒し
ていったことを踏まえても、ほぼ間違い無い。
 これはある意味で恋愛に似てる。恋愛初期は「好きだ
好きだ」とただ単純情熱的で動物的だが、夫婦となり晩
年にもなると、お互いの「愛とは何だったのか?」と自然
と深く考えるようになる。
 つまり一般感性から理性哲学への脱却といえる。バッ
ハにおいてこの傾倒が著しくなるのは40代中盤から後半
あたりから。晩年のフーガの技法などは特にそうといえる。
自らの人生を厭世的であったり虚無的に反省・考察する
ような感性無しに、ただ「音楽はパッショナブルで美しいも
の」と決め付けていては、バッハの深みは味わえない。