>>724
>軽薄の論拠の一つは、フルートには大曲が少ないこと。

「大曲」を、シリアスかつ演奏時間の長い曲ととるなら、その理由は明白で、
モーツアルト・ギャラント以降〜19世紀末までの長い長い不作期間のせい。
これは、ベームが現れるまで楽器の性能が音楽様式の変化に追いつけなかった
事によるところが大きいので、致し方ない。笛吹きにとっては、じつに大きな
歴史の空白ではある。

だが大曲の「定義」として724が引用し結論を曲解しているものを採用すれば、
例えばJSバッハやテレマンの笛ソナタ群やトリオソナタひとつ取っても、
充分に「大曲」としての深みと風格を備えてる。率直に言って、演奏する側
から見て、多くのロマン派音楽よりもむしろ奥が深い。

いずれにしても、大手を振って「大曲」レパートリ満載の楽器と言えるのは、
結局のところピアノとバイオリンだけだと言っていい。チェロでさえも、
トリオ・カルテット等の室内楽レパートリを入れて始めてそのランクに入って
くる程度で、ソロ・レパートリでは文句なく笛のほうが層が厚い。

笛よりもPf・Vnの方が、大曲レパートリの質・量でも、単独の楽器としての
総合的表現力でも上位にある、ということが主張したいのなら、それには、
俺も含め殆どの笛吹きが同意するだろう(一方で、これらの楽器には出来ない
笛ならではの表現や、それを生かした曲が存在することも確かだが)。

だが、だから笛は「軽薄」だと言うのは、マイゼンの主張の極端な曲解でしか
ない。もし本気で、マイゼン自身が「笛は軽薄な楽器だ」と主張していると
思っているのだとしたら、それはよほど読解力がないか、真面目に読んで
いないか... いずれにしても嘆かわしい。