「ある朝電話がなりました。私はオーケストラの音楽家達がよく真似ていた、あの
特徴のある声が「もしもし、こちらはオットー・クレンペラーです」というのを
耳にしたんです。最初冗談かと思いましたが、全然冗談でなく、まさに本人で
『水の太陽』が演奏される演奏会のリハーサルに出向いてもよいかと私に尋ねて
きたのでした。彼はやって来て,最初から最後まで注意深く見守っていました。」

ピエール・プレーズ『ブレーズは語る』pp.24-25
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クレンペラーはブレーズと付き合いがあったし、晩年になって自分では指揮しなくなった
後も同時代の先端的な音楽には深い興味を持ち続けてたみたい。
ノーノについてはどうだが知らないけど、あの時代の音楽思潮のなかでノーノに興味を
持ってなかったってことはちょっとありえないんじゃないかな。