そりゃそうでしょうよ。

時計の時刻は地球の一年に対してすら、ずれてるし。
むしろ、時計のそう言うズレが社会の人工的な世界を象徴するよね、って話し。

当り前に腕時計とか、時刻が分かる今の時代と違って、
体内時計も今よりは鋭かったんじゃないの?自然に対して。

で、そう言う時計と言う概念が当り前の世界に生きてると、
無意識に、なにかしらズレが生じるのかね?っていう単なる疑問なんだけど。

休日は時計をしないとかそう言う意味とか、
数分毎に時計を確認する、とかそう言う問題じゃないの。

要するに大半が問題にしてるのは、実際は流行の問題。
流行は文字通り流行だからな。永遠じゃないんだよ。
時が止まったかの様な主観的錯覚だろ。
それこそ相対性理論の事じゃないの?
「好きな人と一緒にいると、時がたつのが早い」だっけ?
でも、それってお互いが相思相愛だと思ってるからその状況も成立つ訳だし。
それでも、時計は人工的に皆に同じだけ時間を刻む。

それとは違う事を言ってるんだよ。
そこに時計が今ほど普及してない状態での時間についての事。

流行から外れた場所にだって、時間は流れてる訳だし。