「平均律」が日本に入って来た当時なんて、
日本でもヨーロッパでも「音律」についての定義は結構アバウトなものだったのだ。
純正じゃなければ平均だ、くらいだったのでは?
もちろん音楽理論として論議された場合はまた別だが。
現実的には、理論を尊重しつつ、
「平均への意思を前提として、経験則により調律する」くらいだろうか。
たとえばショパンではキルンベルガーに近い調律で、
バッハの時は逆に平均律に近づけるなんてことが行われていても不思議はない。

だからバレンボイムの演奏などには、
歴史を踏まえて「音律への意図」を考察した結果が反映されているのだろう?
私は聴かなかったので、実際どんな物だったかは知らないが。