理由:栄光の聖母の歌は、第1部冒頭のVeni, veni, ...(来たれ、来たれ)という
人間から天上への呼びかけに対する、神の側からの応答「おいで、おいで」だ。
マリアを讃える博士の歌は、聖母の呼びかけに呼応して「仰ぎ見よ...」と歌う。

従って、やはり区切りとしては栄光の聖母からだ。それに、純粋に音楽としても、
栄光の聖母(第3ソプラノ)は、第2部ではたったあれだけ、数十秒、しかも
pp〜p の瞬間芸で、聴衆を魅了しなければならない。聴き所だと思う。


しかし、こう書いていて改めて思うが、マーラーは、ユダヤ人プロテスタントとして
改宗したはずなのに、どうしてこのような、明らかにカトリック系のテクストを
使ったのだろう?単にどーでも良かったのか? 博学な人、教えてくだされ。