日本交響楽団が取り上げる邦人作品を一覧すると、
未発表作品は別として一度公開演奏され、大部分の聴衆の期待を裏切った
作品が挙がっているのを見て、我慢できかねる。
たとえば才能を消費し尽くした山田耕筰の『昭和頌歌』、山田和男の低級な楽曲『若者のうたえる歌』、
深井史郎の奇をてらった『もぢり趣味の四楽章』、日まだ聴いたことはないが本「風」旋律に対する
趣味的耽溺と千代紙細工的技巧を施したと想像される平尾貴四男の『砧』。
/情報局が日本音楽文化協会を支持して邦人作曲を推奨したこと、日響がこれの
片棒を担いで定期で演奏することじたいは結構だが、肝心の作品にすぐれたものが
生まれないのは残念である。/
われわれの求めている邦人作品とは、五音音階や民謡の旋律を弄りまわすこと
でも、イベールやストラヴィンスキーの技巧研究のみに没頭した結果的エッセイ
を提示されることでもない。本質的な人間精神の具現化こそのぞましい。