というか古典形式交響曲の大半は1楽章と緩徐楽章だけで
よい気がする。グレイトもブルックナーのほとんども終楽章は駄作だ。
後半退屈病というのはソナタ形式の持病であり、これは
和声とか調性システムの揺らぎ以上に古典形式を崩壊に
導いた原因ではないのだろうか。運命やイタリアなどは色彩を
がらっと変えてこれに対処している。技巧的に乗り切ったのは
ジュピターとエロイカ。あるいは開き直って最初から酔い覚ましのような
軽いフィナーレを書いたのがブル7。そうやって終楽章は
これといった決めてになる書き方がとうとう確立されずに終わった。