長くなるのでトリップをつけておく
常々思っていたんだが、クラオタの「好み」ってのは、いつ、どうやって発生するものなんだろうな
ちょっとスレ違い気味の長文になるので、読みたくない人は飛ばしてくれ
ここでは自分でかなり演奏歴が長かったり、異なる版の楽譜を色々比べたりしてアナリーゼまでしてしまう
ディープな奴はちょっと対象から外しておく。

最初から確固たる信念(というかまぁ「好み」なんだが)を持ってる奴はいないだろ。なんらかのきっかけで
クラを聞き始め、最初は同曲異演を聞く機会だってそんなに多くないはず。だから初めて聞く曲はきっと
しばらくはその初めて聞いた演奏者の解釈(テンポなど全て含む)が基準になる。

その内、その曲が気に入った場合は別の演奏者のものを聞き出すことになるが、やはり最初に聞いた
演奏に比べて速い、遅い、アーティキュレーションの違い等を探っていくことになる。最初のものがいい場合も
あるし、次に聞いた方が部分的にはもっといいかも知れない。それを繰り返す内にぼんやりと自分の中に
「この曲の理想の解釈」というものが出来るようになる。その自分の理想の正体はというと、楽譜をアナリーゼ
しない程度のクラオタの場合、実は異演の平均した姿というか、数々の異演の中から自分の好みの弾き方を
つなぎ合わせて出来ていくのではないのか。あるいは強烈に好きな演奏が出てきた場合、とりあえずそれが
理想に最も近い、と設定してしまうのか。

こういうことを言うと「ご立派な信念と自信」を持っているクラオタには叩かれるだろうが、俺は演奏者でも
なく、自分でアナリーゼもしない程度のクラオタは所詮はこんなもんだと思う。そうやって出来上がった「好み」に
どこぞで聞きかじったような評論家や演奏家の言葉とか、音楽理論用語などをまぶして飾り立てている内に
いつしか単なる自分の「好み」でしかなかったものが、「他人とも共有できる共通概念なのだ」と勘違いすることに
なっていく。そしてそのことに自分でも気づいていない。>>620なんかはその典型ではないのか?
(続く)