>>445
>いや、あくまでレコードには懐疑的だったというのが、周りにいた人間の証言で明らかだし
>本人もそう語っている。彼の音楽表現の場はあくまでコンサートであって、
>最後の最後までレコードに対しては「仕方なく」やってたのが事実。

それは違うな。
録音どころかフルヴェンは指揮も「仕方なく」していた。
出来るなら作曲家だけで生活したかったのであり、指揮活動は単なる生活の糧に
すぎなかった。
それでもコンサートとなると全力を出し尽くしたし全精力を注ぎ込んだ。
もっとも観客の拍手喝采を受けるのは大好きだったがw
同じように録音も大嫌いだったが、仕事となれば手抜きはせず常に一生懸命だった。
いつも録音セッションではいい加減だった(とカルッショーうを嘆かせる)クナとは対照的。
どうでもいいと思っていればもっと適当にレコードを作ってただろうし、単なるアルバイト
ならたとえヒドイ出来でもイチイチ腹立てたりしなかっただろう。
口先はどうあれ指揮も録音も本人が韜晦するほど、無意味だと思ってた訳ではない証拠。

>実際、彼が死んだとき彼の録音した全レコードはその当時のカラヤンの3分の1
>にも満たなかった。

それはレパートリーや彼等が置かれた状況が違うのだから単純に比較出来んな。
カラヤンは当時の指揮者としては驚異的なレパートリーを持ち、当時の<ドイツ人指揮者>
では例外的に、イタリアオペラを振らせてすら一流だった。
又レッグという大物プロデューサーにも見込まれてフィルハーモニアOというレコード録音
の為に作られたオーケストラを指揮してた。
実際46年〜54年までの八年間にレッグの元で、それ以前の録音の数十倍にあたる
膨大な録音(その中にはオペラも含まれる)を量産している。
カラヤンの録音が異常に多いだけで、フルヴェンが他の一流指揮者と比べて少なすぎる
わけでは決してない。