マルチポストで申し訳ないが、今回のモーストリーの特集は正直腹が立った。
http://mclassic.excite.co.jp/mclassic/member/05-01/special/index2.dcg
写真も文章も、これまでに出たどのものよりも汚らしく、みっともない。「愚鈍のきわみ」をはるかに下回る出来で、もはや形容する言葉も見つからない史上最悪の文章。

>ならば、たった1回だけ聴くのがいい。
(中略)
>一度は必ず聴かなれければならない演奏だ。

アホか。こいつは何を言いたいのか。矛盾しているという以上の馬鹿さ加減がここにある。

>体をめちゃくちゃにされるのを深く胸に刻むといい。

やはりこいつは、AVや風俗の評論家になるべきだった、と改めて思わせる台詞だ。

>始終、抑制を利かせていれば、音楽は必然的に小さなものとなる。
>ステージの上に音楽の箱庭が出来あがってしまう。それが、ドイツ流の演奏だ。
>指揮者によっては、盆栽のような音楽を聴かされることもある。
>フルトヴェングラーは音楽のスケールがあまりにも巨大だが、それでもやはり根本は箱庭だ。

「根本が箱庭である巨大スケールの音楽」とは何か。盆栽のような音楽とは何か。宇野自身の音楽のことだと断言できる。だいたい、いつから「ドイツ流の音楽」が「箱庭」になったのか。
これは事実無根であり、ドイツ音楽への侮辱以外の何者でもない。まるで、朝比奈こそ神だと言わんばかりの暴言、虚言である。仮に朝比奈さんがこれを読んだとしたら怒るに違いない。

>とてつもない企てを果たそうとする演奏について、
>古い録音からあれこれ言うのは必ず間違いを起こすことになる。

その見本が宇野であることは言うまでもない。こいつにワーグナーやブルックナーのことを語る資格もない。このような男が評論家だの指揮者だの肩書きに持つのは許しがたい。
マスコミやレコード会社は、フルトヴェングラーやワルターというと、なぜいつもこの男をかつぎ出すのか。公害にも等しいこの男を。
彼の存在が、広告ではなく公害であるということをいち早く認識してほしい。