そうそう天才だったらしいが、親爺がとんでもない奴で子供を食い物に
しようとして失敗したそうだ。その反動でか作風は必要以上とも言える
ぐらい凝縮、推敲、緻密の限りを尽くしたものになったらしい。この人
また女房もひどい奴で、地道な努力をする亭主をボロくそに言っていた
らしい。こんな変な奴らじゃなくて周囲がまともで芸術に理解もあったら
天才を思いっきり咲かせたんじゃないかと思える。でも残っている作品は
どれも水準高いけどね。