これはデリケートな問題だし
下手するとアンチムラヴィンスキーと取られかねないけど、
政治的に真っ白だったとするのはどうだろう?
黒とは言わなくとも膨大なグレーゾーンがあって
ムラヴィンやショスタコ、他の多くの同僚もそこに含まれていたのではないかな。
究極的には一方的な加害者ないし被害者というのはなかなかいない(私たちもそう)以上
被害者である側面のみを強調するより彼らが歴史の中でいかに能動的に生きようとしたのか、
それのどこが正しく、あるいは錯誤であったのか、
また残された芸術の何が現在も生き、あるいは死んでいるのか、
それを考えてみるのはけして無意味ではないと思うのです。

私はムラヴィン、ショスタコ両者が抜き差しならない関係だったというのは
何となくさもありなんと言う気がしますし、
それ故に一層この組み合わせでの音楽は特別(特別過ぎるほど)な体験をもたらしてくれるのです。
ヴォルコフの本はそのあたりを面白可笑しく下品に書き立てたんではないかな・・