>>795
結論から言うと
具体的にそういった処置がとられたことについては知らされていなかったようです。
フルトヴェングラーは「奇跡のカラヤン」記事の内容についてベルリンフィルの支配人を通じて
ベルリンフィル担当大臣に抗議を申し入れただけでした。
その担当大臣こそゲッペルスで、彼がシベリアへ送り込んだのです。
しかし、そのことは支配人にもフルトヴェングラーにも知らされなかった。
ところがフルトヴェングラー敵対者たちが、それを彼自身による策謀だとしていたのでした。

カラヤンとの対立は、元はゲッペルスとゲーリングがライバル関係にあり、
しかもゲーリングがフルトヴェングラーを快く思っていなかったので、
ひとつその鼻をあかしてやろうという策謀の結果書かれたのがこの記事であったわけです。