>>273
>指揮者たん余裕しゃくしゃくでなにが起こっても無視なので、
オーケストラたん、そのままいっちゃうんでありまつ。

それは指揮者に統率力が無いんでしょうね。
一体その指揮者は誰ですか?
フルトヴェングラーは、リハーサル中の会場に姿を現しただけでもベリルンフィルは
違った響きを出したと、当時のティンパニストは証言しています。

>音楽がおのずから勢いをもって動きだすといふのは、指揮者では、私の知るかぎりネ申フルトヴェングラーにしかみられない不思議な現象で、
>それも戦時中に特有ではないかと思いまつ。

指揮者はメトロノームやタイムキーパーじゃないんですから、
晩年のショルティのように常にメトロノームを持ち歩いていたのは邪道もいいところですよ。
人間には機械には測れない、あるいは遠く及ばない、人間特有のリズムっていうものがあるんですから
それを機械的なリズムに合わせてしまうこと自体が人間性の欠落であり、
音楽を非人間的なものにしてしまっているんです。(YMOは別ですよ)

しかし、残念なのは現在ではフルトヴェングラーは後期ロマン主義の生き残りのように捉えられてしまっています。
自分からすればそれはむしろ逆で、20世紀初頭に規制の概念や因習に囚われない芸術運動が花開いたように
音楽解釈の既成概念を打ち破るものであったといえるのではないでしょうか。