小澤は若い頃、当時の最大の庇護者であったカラヤンに抜擢され
ザルツブルク音楽祭で「コジ・ファン・トゥッテ」を振った。
1969年のことだ。ローテンベルガー、ストラータスといった
当時トップの歌手を集めて、新進気鋭の小澤が振るということで
大きな話題になった。ところが、このザルツオペラデビュー、
演奏の評判は最悪だった。観客や現地のマスコミから酷評を受け
小澤はへこむ。これ以降、小澤はオペラに積極的に手をださ(せ)なく
なってしまた。この事件は「トラウマ」になった。小澤を深く傷つ
けたのだ。そんな小澤も、持ち前の熱心さと努力でいまの国立歌劇場
ポストを手に入れたが、小澤の心の底にはオペラ、特にザルツでの
失敗の記憶が残っている。今回も提灯記事を別にして、小澤の指揮を
絶賛する声や記事をついぞ見かけない。ブーーイングまで受けて週刊誌に
まで載った。あのブーイングは小澤にとって屈辱だと思う。小澤に
モ−ツァルト(てかドイツもの全般)は鬼門なのだ。せめて得意な
チャイコの「スペードの女王」であったならばと思わすにいられない。