「民族的な要素を突き詰めなければ普遍性を獲得できない」
と書いた方が良かったかな。
例えば、日本人がモーツァルトと同じ様式で、どんなに巧みに作曲しても、
世界的に受け入れられることはないだろう。
日本の民族的要素を突き詰めることによって、受容される可能性は高まる。
我々が、バルトークやコダーイは聴いても、ドホナーニは聴かないのと同じ。
高度な芸術性だけでなく、ローカルに徹することも、西欧から離れた民族に
とっては必要なんじゃないのかな。
もちろん、自国民とそれ以外とでは、受け取り方に違いはあるだろうけど、
それが問題だとしたら、クラシック音楽など聴く意味は無くなってしまう。