グレングールドは神!! Part5
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0970名無しの笛の踊り
2005/05/21(土) 00:08:41ID:8N+DyMN0恣意的とほとんど同じ意味なので、グールドの演奏について、というわけでは
なく、この表現を使いがちな人に対するコメントです。
上の言葉は、しばしば耳にしますが、この言葉は、この批判を行う当人にこそ
よくあてはまります。なぜなら、彼自身が「自由と勝手と履き違えている」からです。
自由を正しく理解しているなら、「勝手」な行動をする側は、自由と勝手を履き違えた
のだ、と理解することは、ありえません。なぜなら、
・自由とは、他人を害することを互いに避ける限り、お互いの言動や価値観に
対して寛容であることを意味し、
・勝手は、他人を害することに限定して使われる概念ではないから、
自由は、勝手(とされることがらの、少なくとも広い部分)に対して、寛容である
ことを求める考えだからです。つまり、勝手であることは、自由と履き違えられる
ことではなく、自由そのものであることが多いです。
たとえば、他人を害しない要望をAさんが出したとき、Bさんが、その要望を勝手だと
みなす、といったこと(職場や学校など)は、よくあります。また、勝手な人間、という
言い方は、犯罪者に対して使われるのではなく、自己の希望を押し通したり、自己の
信条に素直な人間(グールドも当てはまるでしょう)に対して、よくあてはまる言い方
です。
自由は、そのような勝手さを、できるだけ認めるところにその意義があります。要望を
出すことや、信条に素直であることは、必ず他人を害するとはいえないし、むしろ、
まともな根拠のない一般的判断自体や、判断を無関係な領域にまで及ぼす弊害を
改善するきっかけにもなりうるからです。
いちいちあげませんが、慣用的な言い回しには、非常におかしなものがたくさんあり
ますので、気をつけてみると面白いかもしれません。
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