フジコが仮に純然たる芸術家であり、演奏家であったとしたら、
耳の障害がどうしたとか、バーンスタインがどうしたとか、
哀愁の・・とか、キャッチコピーなんてまったく必要としないはずだ。
演奏家は技術技巧も含めた演奏という手段を使って、
音楽で勝負するしかない。
誰と勝負するのか・・・。それは演奏家自身が勝負することだ。
オンリーワンになろうとか、魂がどうとかいうのは、
フジコもフジコヲタも含めて、「井の中の蛙」であり、
互いに「マスターベーション」するのと同意である。

フジコよ、お前のブームは過ぎた。猫でも抱いて隠居しな。
フジコヲタよ、目覚めよ。「優れた演奏者の演奏」を聴くべし。
フジコのカンパネラは、リストでもカンパネラでもない。