>>241
SゴールドベルクとLクラウスのデュオは、モーツアルトやベートーベンの
ソナタのSP録音で有名だが、ドイツやオーストリーにいられなくなった二人は、
30年代後半からアジアやアメリカにコンビで演奏旅行を行い、日本にも36年
に来てベートーベンのソナタ全曲演奏などを行っている。その時、シロタ家とも
交流があったという。
日本の開戦後インドネシアに侵攻したとき、偶々同地に来ていたこのコンビ
(および各々の配偶者とクラウスの子供)は揃って終戦まで日本軍に抑留され
てしまい、強制労働にも従事したそうで、二人ともその後反日にならなかった
のは救いだった(余程人間ができていたのだろう)。この抑留の時、ゴールド
ベルクがヒンデミットと録音したモーツアルトの二重奏曲のレコードについて
知っていた日本軍将校がいて、ゴールドベルクに演奏を所望した。ゴールドベ
ルクは「ヒンデミットは今ニューヨークにいるので、演奏できない」と断った
ところ、件の将校は「日本がアメリカに勝ったら、ヒンデミットをNYから連
れてきてやる」と豪語したそうな。
日本の敗戦後二人はコンビを解消するが、ゴールドベルクが指揮者を努めるオラ
ンダ室内管のソリストとしてクラウスを招き、戦後共演したこともあったそうだ。
ただし、二人の間で抑留当時の話は思い出として語られなかったらしい。やっぱり
思い出したくもない体験だったんだろう。
ゴールドベルクは1931年にメゾ歌手のAnna Maria Manasseと結婚し、85年
に夫人が亡くなるまで連れ添った。その後88年にピアニストの山根美代子と結婚し
たのは日本では有名。
以上の話は、TESTAMENTのモーツアルトのVn協奏曲のCDの解説(タリー・
ポッターなる人物による)の受け売りです。ゴールドベルクがBPOのコンマスに就任
したのはホーレンがベルリンからデュッセルドルフに移った後なので、この二人の間
に交流があったかどうかは残念ながら不明。

あと、これは余計なおせっかいだが、WPhはウィーンフィルでいいと思う。ワルシャワ
フィルはWPOでは?他スレで今一度確認されよ。