音楽教師と呼べる人は本人自身も知らない引き出しの開け方を知ってる。
ただピアノ教えてる人はダメだね。お稽古事にもならん。
10年習ったピアノの先生より2年習った高校の音楽の先生の方が豊かなものを与えてくれた。
もちろんそれは事前に10年近いピアノの先生のレッスンがあったお陰かも知れないけどね。
とにかくピアノ教師に能力の優劣はあるってことよ。

どういう先生か知りたかったら音楽の話を振ってみれば良いんじゃないの?
それでピアノの話しか出てこなかったらダメだと思うね。
そういう人はピアノという物体に自分の存在価値を見出してるだけだから。
そんな人に芸術表現の深みも限界も理解できるとは思えない。
それじゃ情緒教育としても、本格的な演奏指導としても高いものは期待できない。

もうよく言えば人間として出来上がっちゃってるのね。
新しいもの新しいものと次を求めながら何かを模索していくような人ではないから
ひたすらショパンを弾いていれば満足という、、、それも一つの親しまれる人格として
自分の子供に与えるには意味のあるものかもしれないけど、
正直な話それで今の世の中渡っていけるかね?

たどり着く最高点はありきたりな「お嬢様趣味の女性」というものだよ。


長すぎか。