オーストリアの指揮者 カルロス・クライバーさん

これほど妥協を嫌う完全主義の指揮者がかつていただろうか。リハーサルでは数小節に
長時間かけることもしばしば。それでも世界に冠たるウィーン・フィルのメンバー達に、
「クライバーは別格」と受け止められていた。リハーサルに納得がいかないと憤然とし
て席を蹴ることもよくあった。
 ウィーン・フィル第一コンサートマスターのW・ヒンクさんは「偉大だが、幸せな音
楽家には見えなかった」と言う。「練習の間、彼には『この席から逃れてしまいたい』
という雰囲気が漂っていた。彼を知る心理学者は『度外れた精神の過敏さを治せても、
逆にあの素晴らしい音楽性が失われる可能性もある』と言っていた」
 他者との衝突を自分のせいと思い込む自虐精神を指摘する人も多い。大親友の名ピア
ニスト、マウリツィオ・ポリーニさんとの競演を勧められ、「これ以上友人を失いたく
ない」と答えたという。
「音楽を刹那刹那に全身で体現するタイプで、成熟という表現の向かない芸術家だった」
と音楽評論家のO本稔さん。音楽家は年齢から来る体力的な衰えと折り合いながら表現
力を深め、いわゆる巨匠になっていく。だが、完全主義者のクライバーには、それが妥
協と映っていたのかも知れない。
クライバーと親交の厚かった広渡勲・昭和音楽大学教授は「音楽を作ろうとしてはいけ
ない」とよく聞かされたという。曲から最良の響きを引き出すためすべてを犠牲にした
人。だが、本物を求める厳しい姿勢と裏腹に日常生活では無頓着だった。ジーパン姿で、
親しい指揮者にもらった20年来のビニールバッグを提げて歩いた。
 昨年暮れに妻に先立たれた。今春ミュンヘンの自宅を訪れた広渡さんは、心身ともに
衰えが目立つ姿に驚いたという。それでも、愛車を駆って妻の故郷であるスロベニアに
建てた別荘に赴いた。そして、一人逝った。孤独を貫いた音楽家らしい最後だった。

                     7月13日死去(病死だが死因は不明)74歳