だから、カザルス以前と比べて、カザルスが偉大なのはわかっているけど、
今、カザルスの無伴奏を聴いて、毎回「歴史」を聴き取って感動するわけには
いかなくない?
そんなの、音楽の授業の聴き方でしょ?
それを精神性と呼んでいると、バッハの無伴奏を聴く楽しみが損なわれてしまう。

カザルスが偉大なのはわかった、
カザルスの歌心が尽きないのもわかった。
でも、カザルスを聴いていては聴こえないものがあるんじゃないか、と。
何故、いまだにカザルスなのかと。
本当にいまだにショッキングなものとして「聴かれ続けて」いるの?

ふと、思ったんだけど、カザルスの無伴奏が好きな人って、
もしかして1年に1〜2回位しか無伴奏を聴かない人?
あるいは1番のプレリュードだけしか聴かない人とか?
だったら、何となく理解できるんだけど。
(またまたナマイキで申し訳ありません。
決してケンカを売っているわけではないので、あしからず。)