実はグールドほど、“作為”の希薄な演奏家はいなかった。
表現に対する人間的な欲のなさでいえば、彼は非人間的なほど最強だった。
譜面を見て、感じるがままに弾いた。子供のような無茶な演奏だと思うし、今もそう思う。

端的な例で言えば、新盤GoldbergのVariation9〜10だ。
そのあまりの無防備さと無邪気さに、私は皮肉ではなく、今聴いても、何度聴いても涙があふれる。

だから私は、484氏の「グールドにはこの「必然性」が徹頭徹尾欠けている。」との発言に瞠目した。
484氏は、自分にも他者にも厳しい、極めて誠実で正確なリスナーだと思う。

グールドは638の様な聴き手にもっとも困惑しただろう。
みすず書房から抄訳されている、彼の書簡集を読めばそれは明らかだ。