ホロヴィッツの魅力は演奏のエグさ(汚い音、恣意的なアッチェレランド、
無意味なノンレガート、etc...)にあると思うのだが、これを幼稚や
恥ずべき歴史という言葉で切り捨ててしまうのはあんまりだと思うが・・・。
リストのメフィストワルツ第1番や上の方で挙がっていたショパンのバラード第1番、
英雄ポロネーズなど上記の要素を含んでいる演奏は他にはない魅力を持っているでしょ。
こういう(ある意味クサヤのような)好き嫌いがはっきりと分かれる演奏は、
確かに共感できない人からは強い嫌悪感を抱かれるかも知れないことは認める。
だけれど、ホロヴィッツを「大衆消費社会が生んだ恥ずかしい歴史」のピアニスト
と言及するのは言いすぎだと思う。
現代のフジコ・ヘミングのようにメディアによる宣伝で不当に有名になった
下手なピアニストがそう言及されるならともかく、ホロヴィッツは
自分自身の演奏で実際に数多の聴衆を魅了して有名になったピアニストでしょ?
どうしてこれが大衆消費社会につながるのか、そこが全く納得いかない。
自分の力で聴衆を得ているんだから。こういう個性的なピアニストが
いたっていいじゃん。

まあ確かに「ホロヴィッツは最強のピアニストか?」と訊かれたら、
一概にYESとは言えないことは認めるし、俺自身YESとは言えないが。

ところでホロヴィッツの魅力とシフラの魅力は、音の汚れ具合とか
粒の揃い方とかで似ているような気がするのだが、皆さんはどう思われます?