>>670
ちゃんと聴いた上で「恐竜」と表現するなら、つまらない評論でおかしなイメージが
刷り込まれているんだろう。

クレンペラーは、ベートーヴェンよりもマーラーよりもモーツァルトを敬愛し、実際に残した
録音もモーツァルトが一番多い。一般的な「重厚長大」というイメージとは裏腹に、編成を
刈り込んで明瞭なテクスチャーを志向し(そのために恣意的にテンポを落とした一部のオ
ペラなどを除いては)テンポも落とさず、モーツァルト特有の引き締まって若々しいダイナ
ミックスの再現に成功している。現代で言えば、マッケラスと意見が合うような先進的な志
向を持った解釈で、先輩のワルター、同世代のフルトヴェングラー、後輩のベーム、ヨッフ
ムあたりはもちろん、さらに世代の下のカラヤン、バーンスタイン、ケルテス、クーベリック
あたりよりもずっと先取的で、19世紀的なロマンティックな解釈からは初めて決別したモー
ツァルト解釈だろう。ちなみに、クレンペラーに次いではブッシュとクリップスが、モーツァル
ト解釈のルネッサンスにおいては重要だったと個人的には思っている。

というか、クレンペラーのホルン協奏曲のオケ、ピアノ協奏曲25番のオケ、グラン・パル
ティータ、交響曲39番のイントロ部分、などなどでのオーパーツとも思える「新全集派」
を先取りしたような表現に驚かないの? まあ、クレンペラーが晩年にはッハの演奏に
関して、当時芽を出し始めたサーストン・ダートなどのピリオド派の解釈に共感していた
ことを知れば、不思議でもないかもしれないが。で、どこが恐竜なのか?