> シューベルトを評価できないと言いながら、後の作曲家への甚大な
> 影響を認めている所に大きな矛盾があります。

いえいえ、私はシューベルトが大好きですし、メロディーに陶酔し、
ベートーベンと同時代に生きたとは思えないくらいの独立した個性に驚愕し、
高く評価してますよ。シューベルトとメンデルスゾーンがいなかったら、
19世紀後半の音楽はショパンやリストのような標題音楽だけに
なっていたかもしれない。シューマンが室内楽や交響曲に手を染めていくのは
シューベルトを発見していく過程と重なっているような感じがする。
ある意味、ソナタ形式に代表される絶対音楽を生き延びさせる、という
重大な役割を果たしたのかもしれません。
だからこそ、もう一歩踏み込んだソナタ形式の有り様を提示して欲しかったと
いう気がするのです。

> フィナーレでの止揚が嘘臭いこと、恣意的なことをシューベルト以降の多くの大家
> が気づいたのであって、
> その場合、「竜頭蛇尾」は回避しがたいことです。

これは、なるほどと思いました。「竜頭蛇尾」が悪いことだというのは先入観か。
でも、たとえば「悲愴」の終楽章は書き換えるつもりだと作曲者が語っていた
ことや、ブルックナーが第九の終楽章を書けなかったことなどを考えると、
少なくとも作曲者たちの側は、本来は竜頭蛇尾を避けたいという思想が
あったのではないかと思うのですが。
もちろん、それがシューベルトの責任だと言うのは言いすぎかもしれませんが。