シューベルトというのは、その50年くらい前はじまる
大ソナタ形式の欠陥をもろに蒙った作曲家なのではないかと、
ときどき思うことがある。

大ソナタ形式は、組曲における各楽章が弁証法的に提示されていき、
終楽章で止揚する、という方法論であろう。
大ソナタ形式の面白いところは、1〜3 楽章の有り様は規定されている
にもかかわらず、終楽章の形式が規定されていないことだ。
曲によって、最初の1〜3楽章で示されたテーゼが異なれば、その結論たる
終楽章も異なる形態をとるはずであって、その部分の構成は作曲家の
自由として残された。言うまでもなく、この方法論を最も有効に
例示したのがベートーベンである。

ところが、大ソナタ形式には、別の一連の流れがあったのではないか。
C. P. E. バッハやボッケリーニなどのソナタに、このような
弁証法的な思想は感じとりにくい。どちらかというと、異なる
テンポやリズムの舞曲をつなぎ合わせて聴衆の関心をそらさない、
という、より素朴で肉感的な大ソナタ形式の流れもあったはずだ。

そこで、シューベルトだ。ハイドン→ベートーベンの弁証法的な
大ソナタ形式の伝統の中で育ったシューベルトは、当然、
ソナタというものは弁証法的なシステムであると了解していただろう。
しかし、彼の本質は、より肉感的な、歌謡的なものであった。
そのため、彼がとった苦肉の策は、終楽章において止揚するのではなく、
舞踏的な音響の空間でお茶を濁す、ということだった。
アルペジオーネのような協奏的な曲では、自然に高揚して着地することが
できたが、h-moll の交響曲は c-moll の弦楽四重奏断章では失敗した。

興味深いのは、シューベルトの失敗以降、続々と大ソナタ作曲者たちが
シューベルト的な敗退を続けたことだ。時間的にはショスタコの10番くらい
まで。100年の呪いというかw