いつも彼のどことなく、なんとなく強大な力が、わたくしのこころの前に
迫ってきて、奇妙な怖しさがわたくしをおののかすのでした。それはなん
ともいいようのない、分けのわからぬものでしたがこればかりはライプツ
ィヒの人たちでさえ、いえ、血を分けた息子や娘たちでさえ、子供らしい
畏敬の気持ちを抱いていながらも気づくことのなかったものです。とは
言え、この感情は、わたくしの魂の奥深くにいつとはかなく積もり積って
ひそかな恐怖のようなものになり、私たちの愛さえもこの感情を克服
しきることは出来ませんでした。彼はイツでも私が抱擁しきれない
ほど、偉大でした。このことは、初めて私たちが逢ったときから、わたくし
のかんじていたこどです。かれはしばしば、わたくしをひたすら愛情で
つつんでくれ、彼の近くにいるということはもうどうにもならぬ、わたくしの
欲求となっていたのですけれども。         バッハ婦人