結局アバドでなくとも、ハイティンクやマゼールでは、あまり幸福な結果とは
ならなかったように思う。カラヤンサウンドの継承という点ではアバドよりは
好ましかったかもしれないが。
難しいのは、もしムーティがベルリンフィルの音楽監督になっていたらという想像。
高いカリスマ性でオケを強力に支配するのは間違いなく、音楽的な志向からしても
おそらくカラヤン時代のベルリンフィルに最も近い音色を再現できたのではないか。
しかし、レパートリーの点ではカラヤンと比べるまでもなく狭い上に、演奏面でも
保守的な姿勢を崩さないだけに、聴衆もオケも刺激を他の客演指揮者に求め始める。
プライドの高いムーティがこれに反発し、オケの活動全てに及ぶ更なる権限拡大を
求めて事務方と衝突、アバド同様12年で辞任。
うん、出来た!(笑)